
☑ 売上報告業務はテナントに大きな負担を強いている
☑ 売上報告業務標準化案では報告項目を4つに絞り、紙金券も廃止する
☑ 今後は共通プラットフォーム構想の実現に向けて議論を詰める
※本セミナーの資料(抜粋)は以下よりダウンロード頂けます。
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【林】 (一社)日本ショッピングセンター協会(以下、SC協会)デジタルトランスフォーメーション委員会(以下、DX委員会)売上報告業務標準化普及ワーキンググループ(以下、WG)は、2024年5月に「ショッピングセンター(以下、SC)における売上報告の効率化に向けた提言」を発表し、SC協会会員に向けて「売上報告業務標準化案」を提案しました。そして同年、全国4カ所で計5回にわたる勉強会を開催しました。
本日は、勉強会であがった標準化に関する共通した懸念事項を中心に議論していきます。これにより、業務標準化の導入にあたって、SC関係者の不安を解消して、売上報告業務の課題解決に向けた具体的なアクションを起こすきっかけにできればと思います。
売上報告業務はテナントとディベロッパー双方の課題
【林】 売上報告業務はSCビジネスで長年見直されてこなかった大きな課題です。毎営業日に10を超える項目をテナントが閉店後に手作業で集計して報告するという、あまりにもアナログで非効率な状況が長く続いており、テナントの負担が非常に大きいからです。
テナント従業員の業務は接客以外の業務負担が非常に増えています。一方で人手不足の慢性化が業界の課題になっています。売上報告業務にかけているコストはSC協会試算で280億円に上ります。ディベロッパーも報告内容の精査などに膨大な時間と要員を割いています。
これはテナントとディベロッパー双方にとっての課題であるわけです。SC協会会員のディベロッパー企業にアンケートを取ると、すべての企業が売上報告業務について課題認識していることがわかりました。すでに約6割の企業が対策を実施済みで、3割近くの企業が対策を検討中です。精算レシートや紙の金券、日報でOCR(光学式文字読み取り装置)を使った電子化が進められています。
我々が提言した売上報告業務標準化案とは、10以上ある報告項目を純売上、商品券類、売上控除、レジ客数の4つに絞り込むべきというものです。その際に「テナントからの報告値を正とする」思想へと転換し、報告を求める項目は賃料計算などに必要な情報と証憑に絞り込むこと。そしてディベロッパーによる全項目精査・検算をやめて、誤計上・異常値確認に特化しようと訴えました。
また、負担軽減のためにペーパーレス化を推進し、ディベロッパー発行の紙金券は電子化もしくは廃止する、精算レシートの表記を統一するなど、ヒューマンエラーの最少化と早期発見の取り組みを提案しました。
今後は共通プラットフォーム構想の実現に向けて議論します。売上報告業務標準化案を策定・普及し、業務プロセスのデジタル化を進めます。
2024年は売上報告業務標準化案の周知と導入に向けた課題解決のため、WGのメンバーが各地に赴いて勉強会を開きました。仙台、東京、大阪、福岡の4カ所で計5回開催し、120人が参加しました。「テナントからの報告値が正しいと割り切れば、4項目に絞ることは可能」「金券の廃止は可能だが、社内調整は必要」という声が多く聞かれました。
本日は、勉強会であがった懸念や課題についてWGで再議論してまとめた解決案を紹介します。
3つの課題と解決案
課題①
「4項目だけでは、テナントから報告された純売上が正しいかディベロッパーが確認することができなくなる」「不正への対策が疎かになる」
【林】 課題①は4項目に絞ることへの懸念です。ディベロッパー側としてイオンモールの佐藤さん、お願いします。
【佐藤】 課題①については、「テナントからの報告値を正とする」思想に転換することが前提なので、「誤りや不正に対しては、精算レシートなどの証憑類の提出は継続すること」、そして「精算レシートから純売上の読み替え方法をテナントからディベロッパーに事前提出すること」によって、報告の誤りや不正が疑われる場合は、あとからディベロッパーが確認できる状態にしておくことが解決案になります。
また、出店契約や営業管理規則などで、必要に応じてディベロッパーがテナントへのレジの監査を実施する条項を設けることで対策が取れるのではないでしょうか。
各項目の証憑類が必要か不要か、日々確認するのかそうでないのか、なにを確認するのかはディベロッパーによって考え方や監査条件が異なるので、各ディベロッパーで決めることになります。ただ、それが必要以上にスピードを遅らせる原因になってはいけません。また、現状の社内ルールの範囲内に収めようとせず、あらためて検討して可能な範囲で打破していこうという考えがないと何も変わりません。当社もこれからチャレンジしていく段階です。
【林】 多くのディベロッパーが「テナントからの報告値を正とすることで何も起きないのか」を不安視していました。勉強会ではすでに報告項目を4項目以下にしているディベロッパーが「大丈夫です。何も起きていません」と力強く答えてくれました。
課題②
「社内で、クレジットカードの包括加盟店であるディベロッパーは、テナントのクレジットカード決済の確認は必須といわれており、クレジットカード報告項目から外せない」
【林】 多くの会場で疑問にあがったのが「社内でクレジットカードの包括加盟店であるディベロッパーは、テナントのクレジットカード決済の確認は必須といわれておりクレジットカード報告項目から外せないのではないか」でした。
【佐藤】 クレジットカードや電子マネーにおける売上げの「報告」と「送信」は分けて考えます。ここでは「報告」はテナントがその日のクレジットカードの売上げを営業終了後にたとえば1万円と手打ちしてディベロッパーに報告すること、「送信」はディベロッパーが貸し出している共通端末で1万円を決済するとテナントの決済データが自動的にディベロッパーに届くことであると定義します。
ディベロッパーが貸与するCAT端末(クレジット端末機)などをとおしたクレジットカードの売上データの「送信」は当然必要だとしても、日報や打ち込みでの「報告」は不要なのではないかということです。
再考すべきは、包括加盟店であるディベロッパーが加盟店であるテナントのクレジットカード決済をどこまで確認・管理する必要があるかです。参考のためSC協会からカード会社A社にヒアリングしたところ、「ディベロッパー(包括加盟店)にテナント(加盟店)の情報を適切に把握・管理することは求めているが、決済内容の確認までは求めていない」という回答をもらいました。
二重決済や桁誤りなどの異常値確認時に、その決済を確認する手法へと移行することを解決案として提案します。
【林】 カード会社との契約上、クレジットカード報告は確認しなければならないという思い込みがありました。しかし日々の取りまとめの「報告」は不要です。当然ながら、カード決済時に「送信」をしてもらえばそれは自動的に集計されます。
課題③
「『紙』金券がなくなることで販促効果が減少するため、廃止ができない」
【林】 3つ目は紙金券の廃止です。勉強会では「紙金券がなくなることで販促効果が減少するから、廃止ができない」という声があがりました。紙金券を電子化したら売上げが減るという懸念が多かったのです。テナント側としてアダストリアの澤田さん、お願いします。
【澤田】 紙金券がなくなると本当に販促力が弱まり、売上げが下がるのでしょうか。テナント側からは「紙金券を電子クーポン化してもお客様の利用率は変わらない」という意見が多く出ました。
電子化すると高齢者などデジタルになじみのない層へのアプローチが難しいというのですが、今でもレジでなかなかクーポンが出せないお客様に対して、意外と人同士のコミュニケーションで解決できています。だから実はやってみたら効果が実感できるのではないかとディベロッパーの方たちに話をしたら、納得してもらえました。 ただ、アプリを保有していないお客様はカバーできないという懸念もあります。だから紙は残しつつ、徐々にクーポンの電子化を進め、ゆくゆくはすべて電子化することが解決案になります。
【佐藤】 紙金券をなくすことを第1の目標に据えると、動けないディベロッパーも多いと思います。だから将来的には金券の座を奪うような電子的な媒体を育てていくという考え方に転換するのはいかがでしょうか。
【林】 現在の人手不足下で、紙金券類に対応することがテナントにとっていかにたいへんな負担を強いているかを考えるべきです。そのため紙の金券であってもQR読み取り型にして、できるだけ電子的に後の処理をできるようにしようという解決案を提示しました。
POS-CAT連携により加速する店舗業務の効率化
【林】 売上報告業務標準化案の導入が進めば、次は業務を電子化することに力点を移したいと思います。ここでアダストリアの取り組みについて澤田さんから紹介してもらいます。
【澤田】 テナントはスタッフの確保が難しくなっている一方で、一人ひとりに求められる業務が増えて、やるべき業務のための時間が取れません。スタッフが個性を発揮して笑顔で活躍するためにも、働く環境を改善して、コア業務に注力できる環境を整えたいと考え、当社は店舗の業務効率化を進めてきました。
基本は業務の引き算です。業務プロセスを改善し、店舗の業務アプリの整理・自動化を進め、顧客アプリを進化させる。また、ディベロッパー側にも協力してもらい、POSレジとCAT端末の連携、売上報告作業の簡素化にも取り組み、店舗業務の改善を加速させてきました。
2023年10月にイオンモール内にある店舗で、POSレジとCAT端末の連携をはじめました。両者をケーブルでつなぐことによって、会計時にPOSレジを打った後にCAT端末でも打つ2度打ちを廃止しました。それによってヒューマンエラーをなくし、レジ操作時間を短縮しました。
また、閉店時の売上報告の自動化にはじめて踏み切りました。売上報告をPOSレジからCAT端末でそのまま送る仕組みにしたのです。これによってレジ締め作業をPOSレジ1台当たり約5分短縮、出店店舗全体で月600時間削減し、遅番スタッフがはやく帰れるようになりました。
ただ、個社で取り組みを続けるのはコストもかさみ、限界だというのが実感です。業界全体で取り組まなければこの課題は解決できません。そこでDX委員会は2024年5月の売上報告の業務標準化の提言で「共通プラットフォーム構想」を掲げたのです。今後はデジタル化の環境整備をしていく段階に入ります。
共通プラットフォーム構想実現のための3つの論点
【澤田】 共通プラットフォーム構想でテナント側が現在考えているあるべき姿は、プラットフォームは1つだということです。テナントの業態やシステム環境の整備に依存せずに利用可能である必要があります。
今後議論が必要なポイントは3点あります。1つ目は投資への効果です。プラットフォームを利用するハードルをいかに下げられるかです。2つ目は付加価値をつけること。データ変換するだけの機能に終わらせず、そのデータを活用して何かできないかということです。3つ目は座組みです。持続可能なプラットフォームにするための体制を考えたいと思います。
【林】 2024年度の取り組みは、ディベロッパー側は標準化案の提案と普及に力点を置いていました。一方、テナント側はデータ連携を含めてプラットフォームのあり方を分科会で議論してもらいました。2025年度はディベロッパーとテナント、そしてサポート企業にも加わってもらい、一丸となって進めていきます。本日の話が刺激になって、さらに取り組みが進めばこのセミナーも成功だったのではないかと思います。
(セミナー開催日/2025年1月24日 文/西岡 克)




